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EQを高める方法|心の知能指数

頭がいい人、IQが高い人が信じられないような事件を起こすことがある。

それは、IQが高くてもEQが育っていないから。

EQこころの知能指数とは、自分自身を動機づけ、挫折してもしぶとくがんばれる能力のこと。

IQはAI化されていく時代において、EQを高めていくことが大切になる。

「EQ こころの知能指数」は、これからAI化時代に向けてEQを高めるきっかけになる本

目次

EQ 心の知能指数とは?

IQ(Intelligence Quotient)が知能指数で、EQ(Emotional Intelligence Quotient)が心の知能指数。

日本でもIQが高い人が信じられない事件や問題を起こして逮捕されたり立場を失ったりしている。

IQが高いのだから、物事の善悪がわかり、問題が発覚したあとにどうなるか?を考えることができそうなものだけれど、なぜかそこまで頭がまわっていない。

IQが高くてもEQが低いと問題を起こす。

IQと同じように EQ(こころの知能指数)も大切なのだ。

感じる知性がなければ考える知性は充分に機能できないのだから。


IQは同じでも人生に成功する人とつまずく人が出てくるのは、EQに差があるからだ。

どんなに知性が高くとも、感じる知性が低ければ、人生はうまくまわらない。

では、EQ心の知能指数とは具体的にどんなものを指すのだろうか。

こころの知能指数とは、自分自身を動機づけ、挫折してもしぶとくがんばれる能力のことだ。

衝動をコントロールし、快楽をがまんできる能力のことだ。

自分の気分をうまく整え、感情の乱れに思考力を阻害されない能力のことだ。

他人に共感でき、希望を維持できる能力のことだ。

心の知能指数とは、自分の感情を意識しながら心を常に客観視できる能力のこと。

自分自身の情動を知る情動の自己認識、すなわち自分の中にある感情を認識する能力は、 EQのいちばん大切な基本だ。


EQのかなめである「現在進行中の自己の心的状態を認識する」ことをさしているのだ。

心理学では思考過程を意識することを「メタ認知」、自分自身の情動を意識することを「メタムード」という大仰な言葉で表現する。

2つの知性とは?

頭の中にはIQ「考える知性」とEQ「感じる知性」の異なる知性がある。

「感じる知性」による理解、もう一方は「考える知性」による理解。

私たちの頭のなかには2種類の知性が存在する。

私たちの知性は、根本的に異質な2通りの認識モードが作用しあって成り立っている。

「考える知性」のほうは、おなじみの認識モードだ。

事態をきちんと把握し、熟慮含味し、思慮分別をつけるのは、「考える知性」だ。

しかし、頭のなかにはもうひとつ別の認識モードがある。

衝撃的で、パワフルで、ときに非論理的な命令を出すこともある「感じる知性」だ。

事実や物事をじっくりと捉えて考えるのが「考える知性」

事実や物事から感じとるのが「感じる知性」

事実や物事には善悪も喜怒哀楽もない。ただ事実のみが存在する。

事実に対して、感覚的に善悪の意味をつけたり喜怒哀楽を感じたりするのが「感じる知性」で、「感じる知性」が強くなると人は感情的になる

「感じる知性」と「考える知性」は、ふだんは緊密な連携を保ち、たがいに大きく異なる認識モードを撚り合せながらうまくバランスをとりあって働いている。

「感じる知性」は「考える知性」に情報をインプットし、動作を指示する。

「考える知性」は「感じる知性」のアウトプットをよく検討し、時には拒絶したりもする。

とはいえ、「感じる知性」と「考える知性」は基本的に別々の神経回路によって働く独立した機能だ。

ほとんどの場合、2つの知性は絶妙なハーモニーを保って働いている。

感情は理性にとって、理性の感情にとって不可欠なパートナーだ。

ただし強い情動が起こると両者のバランスが崩れ、「感じる知性」が「考える知性」を圧倒することになる。

人は感情的になると、物事を考えることができなくなり、抑圧された感情の発散が優先される。

「感じる知性」と「考える知性」という分け方は心と頭の区別に相当する。

何かが正しいと「心で」感じるときは「頭で」そう考える時より革新が強いように思われる。

理性と情動は相反する力関係にあって、情動が強ければ強いほど「感じる知性」が支配的になり「考える知性」は無力になる。

感情的な人が一方的に他者を責め立てるのは、自分が感じたことを自己正当化するためで、感じたことを疑う「考える知性」が無力になっているため。

そうならないためにも、事実や物事に対して、どう認識しどう感じたのか?を意識できるようにすることが、EQを高めるということ。

2つの記憶とは?

「感じる知性」が物事の感じるときのベースになるひとつが記憶

私たちの脳には2つの記憶が存在している。

脳には記憶のシステムが2種類あるのだ。

1つは、単純な事実だけの記憶。

もう1つは情動が絡んだ事実の記憶。

例えば、子供の頃に食べて「まずい」思いをしたものは、大人になってから「嫌い」で食べられない。

脳には情動に関わる情報を記憶にしっかりと刻みつけるための単純にして巧妙な仕組みが備わっている。

緊急事態に直面したとき、体に攻撃逃避反応を命じる神経化学的警報システムが同時にその時の状況を記憶にしっかりと刻みつける役割を果たすのだ。

特に恐怖や危険な思いをしたときの思いはしっかりと記憶に焼きつく。

例えば、3日前に食べたご飯のことは覚えていないが、2011.3.11の時に記憶は誰の記憶にもしっかりと残っている。

その記憶の差は、起きた事実に対して危険や恐怖を感じたかどうかの違い。

私たち人間は何かを知覚する場合、最初の1000分の2、3秒で対象を無意識的に理解するのみならず、それに対する好悪の判断まで下してしまうことがわかっている。

どうやら情動に関わる特別な記憶システムは、恐怖や快楽をもたらす対象を動物の脳に鮮明に焼きつけるわけだから、進化の観点からも非常に有利だった。

ところが時代が進むにつれて、情動の記憶が必ずしも最良の行動指針でないケースが出てきた

この記憶の仕組みは、人間の防衛本能によるもの。

恐怖や危険な思いをした記憶をしっかりと焼き付けることで、次回も同じような経験をしないようにするもの。

しかし、この防衛本能は子供の時の怖い記憶も刻みこむ傾向性がある。

よって、大人になった今もその記憶が正しいとは言えない。

この2つの記憶の仕組みを理解しておかないと、誤った記憶を元に「感じる知性」が物事を認識してしまうことがある。

また、これからも自分が恐怖や危険を感じるたびに、それは記憶に刻まれていく。

ただ、一人一人恐怖や危険の感じ方は異なる。

例えば、ただ地震を恐れるている人と、地震が起こることを受け入れ備えている人とでは、実際に地震が起きた時の感じ方は異なる。

何の準備もせず地震を恐れているいと人の方が、実際に地震が起きた時の恐怖感は強くなる。

ナイフを持った賊に襲われたとします。

一人は武術の心得があって賊に対抗できる。もう一人は『殺される』と思うしかない。

事件後 PTSDで苦しむ確率が大きいのは、後者のほうです。

自分の生命が危険にさらされているのに自分には逃れる術がない、という感覚そのとき、脳内で変化が起こるのです

人間の記憶の仕組みを理解し、過去に起きた記憶を疑い、これからインプットされる記憶をうまくコントロールすることが、心のEQを育てるポイントになると思う。

EQを高める方法

いろいろな情報が手に入り、様々なコミュニケーションが交わされる情報化社会では、IQよりもEQが問われてくる。

なぜならば、与えられた情報をどう解釈するかはEQの能力だから。

それでは、EQを高めていくには具体的にどうすればいいのだろうか?

EQを高めようとするとき「情動に対処する3パターン」が参考になる。

自己認識型

このグループは自己の感情を認識する能力があり、ある程度まで感情をうまく処理する能力を持っている。

自分の感情を明晰に把握できるおかげで、このグループの人々は自律性が高く、自分の限界を知り、健全な心理状態を保ち、積極的な人生観を持つことができる。

不快な気分になったときも、くよくよ考えこんだりしないで早期にぬけ出すことができる。自分の気持ちがはっきりわかっているので、感情を適切に管理できる。

自分の感情に客観的に気づくことができる人。

こういう人は、自分自身と対話をして適切な答えを自分で見つけられるから、問題や悩みから抜け出すのも早い。

埋没型

このグループは、感情の波にのみこまれたまま脱出できない状態にしばしば陥る。

気分が不安定で自分自身の抱いている感情をはっきり認識できないので、状況を展望できず感情の中に埋没してしまう。

その結果、自分の感情をコントロール不能と感じ、不快な気分からぬけ出す努力をほとんどしない。

このグループの人々は感情に圧倒され翻弄された気分になることが多い。

自分が感じたことが事実だと認識をしてしまう人。

自分で感じたことが事実だと認識するから、自分が悲劇のヒロインになっていることがある。

受容型

このグループは自己の感情を認識することはできるが、それを受容してしまうことが多く、したがって気分を変える努力をしない。

受容型は、ふたつのタイプに分かれる。

ひとつは、いつもだいたい機嫌がよく、したがって気分を変えようという動機がないタイプ。

もうひとつは、不快な気分に陥りがちでそれを自覚しているにもかかわらず、何もしないで放置し受容しているタイプ。

絶望感に屈服してしまったうつ病患者などは、このタイプだ。

ありのままのすべてを受け入れてしまう人

ありのままを受け入れることで、感情の起伏は少なく楽になれる。

しかし、すべてをありのまま受け入れていると、自分がどう思い?どう考えているのか?がわからなくなるので、何かを楽しむことが難しくなる。

自己認識型のあり方でいられるようにするには?

「自己認識型」・「埋没型」・「受容型」あなたはどれに当てはまるだろうか?

1人の人間でも、ときには「自己認識型」ときには「受容型」になることもある。

よって、どの型が良いか悪いかではなく、大事な事はどの型の自分が「心のEQ」を高めていけるのか?ということ。

当然「自己認識型」のあり方でいられることが、心のEQを上げていくことができる。

では、自己認識型のあり方でいられるようにするためには、どうすればいいのだろうか?
本書の中で紹介されている「子供達の共感能力を育てるステップ」が参考になると思う。

  1. 自分自身の身体、行動、および周囲の世界を思うようにコントロールできるという感覚。
    自分はきっとうまくできるだろう、大人たちも力になってくれるだろう、という感覚。
  2. 好奇心、何かについて知ることは良いことであり、楽しみにつながる、という感覚。
  3. 計画性、周囲にインパクトを与えたいと願い、そのために粘り強く努力し、そして実際にインパクトを与える能力。
    自分の能力に対する自信にも関係する。
  4. 自制心、年齢相応の方法で自分の行動を調整しコントロールする能力。
    自分の内面をコントロールする能力。
  5. 仲間意識、自分は他人を理解し他人も自分を理解しているという意識にもとついて周囲とかかわっていく能力。
  6. 意思疎通能力、言語によって他人と思考や感情や概念を交流したいという願望および能力。
    他人に対する信頼感や大人を含む周囲の人間とのかかわりを快と受けとめる感覚と関係する。
  7. 協調性、集団行動において自分の欲求と他人の欲求のバランスをとる能力。

最初のステップでは、自分はどう感じているか?どう考えていくかを意識的に見つけていき、その自己探求が楽しいという感覚を身につける。

次に、自分の感覚に自信を持たせコントロールできる能力を育てていく。

自己意識ができるようになった時点で、周りとの関わりやコミュニケーション能力を育て、チームとしての協調性やバランスをとっていく。

ここでポイントになるのが、他人と関わる前に自分自身のEQを高めていくということ。

なぜならば、自分自身がわかっていないと他者とのコミュニケーションがうまくできないから。

近年の少年による事件が起きてしまうのは、EQが育つ前に社会で挫折し、その結果、自暴自棄になってしまうからではないだろうか。

子供たちに教えなければならないのは、IQを高める方法ではなくEQを育てる方法ではないのだろうか。

EQが高い人のコミュニケーション術は?

私たちの悩みの大半は人間関係だといえる。

自分自身のEQが高くないと、いつも同じようなコミュニケーションで悩むことになる。

では、EQが高い人はどのようなコミュニケーションをとっているのだろうか。

本書ではたくさんの事例や研究結果が紹介されているが、当ブログでは以下の2つをピックアップする。

グループの輪に入るときのEQ

パーティーなどで、既にできているグループの輪に入っていくのは勇気がいるもの。

そのグループに知らない人ばかりだとなおさら。

あなたも子供の時に、既に遊びが成立しているグループに入ろうとしたときに「仲間外れ」にされた経験はないだろうか?

子供がグループの遊びに加わろうとして拒絶される光景を見ているのはかわいそうな気もするが、これはよくあることなのだ。

人気のある子供でも、遊びに入れてもらえないことはある。

小学校の2年生と3年生を対象に調査した結果によると、仲間からいちばん好かれている子供でさえ、すでに遊びが成立しているグループに加わろうとすると、26%の確率で拒絶されたという。

子供の時に「仲間外れ」にされた苦い記憶が残っていると、大人になってからもグループの輪には入りづらいもの。

では、スムーズにグループの輪に入るためにはどうすればいいのだろうか?

好かれる子供はグループにはいっていく前に遊びをよく観察し、何がおこなわれているのか把握している。

そして、皆がやっている遊びを自分も受けいれることを態度で示す。

グループにおける自分の身分が認められるまで、遊びの内容を決めるなどのイニシアティヴをとらない。

既に成立したグループにスムーズに入るためには、グループに入る前に観察をすること。
次に、輪に入った後はそのグループの流れに同調をする。

グループ内で自分自身が認められるまで聞き手にまわる。

夫婦関係でのEQ

EQが低い夫婦関係では、いつも口論することになる。

口論は相手の人格攻撃までいき、相手を全否定してしまう。

人格攻撃の場合は、具体的な苦情をネタに夫に対して包括的な攻撃を開始する。

「あなたって、いつもそういうふうに自分勝手で思いやりがないんだから。

要するに、これじゃあなたには何ひとつまともなことは期待できないってわけね」

このような非難は受けとめる側に屈辱感を与え、自分は相手に嫌われている、自分のせいにされている、欠陥品だと思われていると感じさせてしまう。

これでは夫を改善どころか自己弁護に走らせるばかりだ。

一方、EQが高い夫婦間では問題が起こったときに、自分の意見をしっかりと相手に伝えようとする。

苦情と人格攻撃のちがいは単純だ。

苦情の場合、妻は何が気に障っているか具体的指摘し、夫という人間ではなく夫の行為を批判する。

相手の人格を否定するのではなく、相手の行為に対して意見を言うことで、相手にも改善の余地が見つかるもの。

けんか腰でもなく、受け身でもなく、自分の感じたことをきちんと主張する。

たとえば、「あなた、クリーニング店で私の洋服をもらって来るの忘れたでしょう?私のことなんてどうでもいいのかしらって思っちゃったわ」というように自分の気持ちを話す。

また、意見を言うときは「XYZ」での伝え方が効果的とも紹介されている。

心理学者で効果的なコミュニケーション・プログラムの生みの親でもあるハイム・ジノットは、苦情を述べる際のいちばん上手な形式は「 XYZ」だと勧めている。

「あなたが Xしたので、私は Yな気持ちになった。 Zしてくれればよかったのに」というのだ。

相手の行為、それに対しての自分の素直な気持ち、最後に相手に望む行動を伝えることで、口論することなく、話しは終わるのだと思う。

まとめ

これまでの日本社会では、いかにしてIQを育てるか?が目的となり、その手段としての記憶への詰め込み勉強がスタイルだったと思う。

しかし、人工知能(AI)が発達してくると、記憶量と記憶の引き出し方、現状と記憶のマッチングのさせかたは、人間のIQはAIには叶わない。

そうなると、どんな知識があるか?ではなく、その情報をどう捉えて、どう感じて、そのうえでどう考えるのか?というEQの能力が求められてくると思う。

これからAIの発達は飛躍的に向上してくると思う。

そのときにAIに使われるようになるか、それともAIを使うようになるかは、1人ひとりEQの差になるのではないでしょうか。

「EQ|心の知能指数」は、研究結果や事例を基にして感情の捉え方やコミュニケーションスキルなど、様々な角度がから心のあり方が書かれています。

EQを高めていきたいと思っているかたにはオススメできる本です。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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